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「アサや、息災であったか?」
その客は、家人達も不思議がる程に、雅な雰囲気の男性であった。
纏う服は狩衣。萩の襲の色目を重ねて、上品な和香を漂わせている。灰色の髪はさらさらと流れており、まるで川に流れる水のよう。胸までの長さのそれを、右肩に流して、髪紐で緩く纏めている。
出で立ちだけでなく、その顔立ちもまた、綺麗に整えられている。鼻梁の通った鼻筋に、薄っすらと色づいた唇は弧を描いている。眉毛は先が丸く、眉尻は目の半分の長さ。その下にある切れ長の瞳は見えない力でも宿っているかのように、その流し気味の眼を一目見ようものなら、忽ち虜になりかねない。優雅な笑みを浮かべる瞳の色は、金色だ。
男は前触れもなく現れて、引き取られて日の浅い当主の養女に会いに来た、とだけ告げてきた。
女中達はこぞって心を奪われて、門下達は男の雅な美しさに呆気に取られながらも、首を傾げるばかりであった。
風を巻き起こしにきたその人物・・・ニリクは、用意された茶の間で、アサと対面していた。
ニリクの向かいに座るアサもまた、秋らしく、楓の小紋の出で立ちだ。
この頃はまだ、その深い赤い髪は長く流していた。
「こちらの生活には、慣れたか?」
親しみを込めて問うてくるニリクに、大きくて丸い金色の瞳を無表情にしたまま、アサは答えた。
「慣れたか慣れていないかのどちらかと問われれば、慣れていないと返答する」
その声は中性的で、凛とした響きがあるのだが、いかんせん、まるで機械が喋っているかのように平坦で、起伏が見当たらない。折角美しい声を持っているというのに、勿体ないと感じているのは、この場ではニリクだけだ。
「そうか。まあ、まだここに来て二月あまりだからな。慣れぬのも仕方ないさ」
「・・・だけど・・・」
「ん?」
「・・・普通の子供を演じるのが、俺には難しい」
淡々と抑揚のなさがある声で返された言葉に、ニリクはふっと小さく笑んだ。
「そなたの姉が、そうしろと言いつけたのか?」
「違う」
「なら、姉は何と申していた?」
「・・・そのままでいい、お前はお前のままでいればいいんだと、言っていた」
どこか俯き加減に応えるアサに、ニリクは流暢な声音で、返した。
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