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内須川の別荘は思っていたよりはるかに山奥にあった。
列車を降りたところがすでに山の中だったが、そこからさらにロープウェイに乗って山を登って行ったところに別荘はあったのだ。
来る途中では、ペンション村やスキー場を見かけたが目的地に着く頃にはそれらは姿を消してしまった。
あのロープウェイが止まったら、別荘は完全に陸の孤島となるだろうなどとつい考えてしまう。
別荘に着くと、内須川夫妻がわざわざ迎えに出てきてくれた。
「寒い中、よくこんな山奥まで来てくれたね。」
内須川ナイスは想像通りのハンサムなおじさんといった風貌で、知的なオーラを漂わせていた。
「お招きいただきありがとうございます。定禅寺琴美です。」
「話は聞きましたよ。探偵さんの恋人なんだってね。」
「いえ、違います。ただの知人です。」
わたしは容赦なく否定する。
「それにしても、すみません。探偵のほうは忙しくて来られないそうで…。」
「えっ、探偵さん来られないの?」
内須川が首をかしげる。
「さっき探偵さんから、ワインは臭くて飲めないから、変わりに日本酒をたくさん用意するようにって連絡があったんだが…。」
あれ…、どういうことだろう?
「とにかく、ここは寒いでしょうから中へ上がってくださいな。」
内須川夫人が中に案内してくれた。
応接間へ行くと何人かの人間がすでに暖炉を囲んで談笑していた。
「新しいお客さんがきたよ。例の探偵の彼女さんだ。」
内須川が声をかける。その声に手前の青年が振り向く。
どこかで見たような顔だ。ハスキー犬のような、ややイケメンな…。
「あっ、犬芝刑事。」
「そういうおまえは、いつかのションベン女だな。」
何という心外な呼び方だろう。
「なんで犬芝刑事がここにいるんですか?」
「なんだ、2人は知り合いだったのか。犬芝君はわたしの家内の甥っ子でね、毎年クリスマスはここで過ごしているんだよ。」
内須川が言う。
なるほど、探偵のことを内須川に話したのは犬芝だったのか。
「せっかくだから、ここで自己紹介といこうか。」
内須川がこちらを向く。
「名探偵の彼女の定禅寺さんだ。」
「いえ、ただの知り合いですって。」
いちいち訂正するのがめんどくさい。
「内須川の妻の静子です。」
内須川夫人が軽く頭をさげる。
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