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「空間や領域なんて知らないね。要は勝てばいいんだ」
そう言って彼は腕を下にふり払う。飛散して黄金色に輝く粉雪が舞った。
その後、彼の手の中に握られていたのはバットだ。
70センチほどのプラスチック製バットで、おいそれ戦闘向きではないと思われるが彼の表情は本気である。
目の前から響いた嘲笑。
「それは何のお遊びだ」
相手の言うことはもっともだろう。硬質のない武器なんて丸腰と同じであるから。
「これが俺の《力》の限界なんだよ」
彼は嘘をついたが、目の前の少年はその説明を信用しない。
こちらに入ってしまえばどんな高尚な道徳も意味はないのだ。
聖人君子より傍若無人な輩が生き残る。
そしてお互いが知っていることは相手を倒した方が勝者。
それだけだ。
「負けた言い訳に、お遊び用バットだったからなんて言うなよ」
「その言い訳すら意味がないんだろ。こっちではな」
彼は闇雲に前のめりに走りだす。煙る雪と霧の中、目指すは獲物の首のみ。
だが、相手に近づいて見た所で彼は唖然とする。
少年がまとっていた学生服は、中学のものだと知ったからである。
彼はますますやる気を出し、そして嘆いた。
前者は勝機はあるという事実。後者は自分より年下の者がこれに参加しているという憂いから。
そして少年も彼が年上だと気付いたようだ。
「何だ、よく見たら近くの高校の制服じゃん。先輩も甘い蜜を吸いに来たクチだろ。報酬は何だって言われた?」
「そんなものは知らないよ。戦いを挑まれたら戦う。それが俺のやり方だ」
「ヒュ~。さすが先輩、格好いいね。俺、中学卒業したらその高校に通うわ」
「やめとけ」
彼は反撃の隙を与えず、何度もおおぶりな打撃を繰り返す。
軽いプラスチック製バットであることが幸いし、体力の浪費は少ないようだ。
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