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「おかしいな。ここで待ち合わせのはずなのに」
住宅地のほぼ中央に鎮座する全長1メートルほどの赤いポストの横で彼は待ちぼうけていた。
「こっちよ、滉」
涼やかな声にひかれて後ろをふり向く。
「お前が理華か」
理華は着ているパーカーとチェックのスカートの具合を確かめながら、突如として水たまりより現れた。
それを見て滉は大いに驚いたようだ。
足もとの水たまりから退くようにしてたたらを踏む。
そんな彼を見て理華は不快感をあらわにした。
「先輩には“さん”付けが礼儀じゃない」
不意の仕草から取り外されたゴムが理華の手首にかかると、艶やかな髪が風をはらんでゆっくりと肩まで落ちた。
「どう見ても中学生だろ。身長はせいぜい150くらいにしか──」
滉の台詞は、確かな怒りと共に放たれた鳩尾への一撃でさえぎられる。
彼女の眉間は未だに険しい。
「美御理華。あなたと同じ天星学園の1年」
「それにしたって同級生じゃないか」
先ほどもらったひじ打ちの構えを理華が整えるのを見て、滉はおとなしくすることに決めた。
拍子も見せずに懐に撃を打ち込む相手では分が悪い。
「あちら側に干渉出来る者としては私が先輩なの」
人指し指を顔の横でこれ見よがしにぐるりと動かした。淡い水色のリストバンドが見える。
その表情はどこまでも自信に満ちあふれている。
素直に謝罪を済ませた滉は、言われるがままに理華に従い住宅地を歩いていく。
これが最短距離なのか。似たような角を何度も縫うように歩き回って数十分。
滉の目の前にはマンションの一室が現れた。扉には502と書かれたプレートがある。
落下防止の壁の向こうを見下ろせば、10m以上の目下に地面と赤いライトの明滅が見える。
滉は足下に寒気を覚えた。
「何だか良く分からない内についてしまったな」
「それが狙いなの。あなたがいつ、私たちから離反するか分からないんだから」
似たような造りの似たようなマンションが、いくつもこの一帯に建てられている。
一度では目的地を定められそうにない。先ほど遠回りに思えた歩行時間は記憶させないためのものなのだ。
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