第一章 選定されし者

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「おかしいな。ここで待ち合わせのはずなのに」  住宅地のほぼ中央に鎮座する全長1メートルほどの赤いポストの横で彼は待ちぼうけていた。 「こっちよ、滉」  涼やかな声にひかれて後ろをふり向く。 「お前が理華か」  理華は着ているパーカーとチェックのスカートの具合を確かめながら、突如として水たまりより現れた。  それを見て滉は大いに驚いたようだ。  足もとの水たまりから退くようにしてたたらを踏む。  そんな彼を見て理華は不快感をあらわにした。 「先輩には“さん”付けが礼儀じゃない」  不意の仕草から取り外されたゴムが理華の手首にかかると、艶やかな髪が風をはらんでゆっくりと肩まで落ちた。 「どう見ても中学生だろ。身長はせいぜい150くらいにしか──」  滉の台詞は、確かな怒りと共に放たれた鳩尾への一撃でさえぎられる。  彼女の眉間は未だに険しい。 「美御理華。あなたと同じ天星学園の1年」 「それにしたって同級生じゃないか」  先ほどもらったひじ打ちの構えを理華が整えるのを見て、滉はおとなしくすることに決めた。  拍子も見せずに懐に撃を打ち込む相手では分が悪い。 「あちら側に干渉出来る者としては私が先輩なの」  人指し指を顔の横でこれ見よがしにぐるりと動かした。淡い水色のリストバンドが見える。  その表情はどこまでも自信に満ちあふれている。  素直に謝罪を済ませた滉は、言われるがままに理華に従い住宅地を歩いていく。  これが最短距離なのか。似たような角を何度も縫うように歩き回って数十分。  滉の目の前にはマンションの一室が現れた。扉には502と書かれたプレートがある。  落下防止の壁の向こうを見下ろせば、10m以上の目下に地面と赤いライトの明滅が見える。  滉は足下に寒気を覚えた。 「何だか良く分からない内についてしまったな」 「それが狙いなの。あなたがいつ、私たちから離反するか分からないんだから」  似たような造りの似たようなマンションが、いくつもこの一帯に建てられている。  一度では目的地を定められそうにない。先ほど遠回りに思えた歩行時間は記憶させないためのものなのだ。
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