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その一室は何もない部屋だった。
ただそこに間があるだけで、部屋の主と思われる長髪の男が窓際に立っているのみだ。
闇が不気味さを演出している。
「連れて来ましたよ」
理華が言うと長髪の男の頭が、うなずくようにかすかに動いた。
彼の名は茶野。滉はそう聞かされていた。
月明かりでかすかにうかがえる表情は30代ほどだろうか。
「君は集会の類には顔を出さない性分かい?」
滉はどう応えていいものかと言葉をつまらせる。何せここに来るのは初めてだからだ。
「まだ場所を覚えられないんだと思いますよ」
「あの複雑な経路は敵の目をあざむくためのもの。対応してもらわなければ困る」
ひとり入り口の前に取り残されていた滉は困惑を隠せない。
「あの、俺はここに顔を出すのは初めてです。呼ばれたことなんて一度もないんですから」
今この場を包んでいる重苦しい空気は自分のせいであると感じた滉は、弁解をしてみる。
茶野は向き合うと、目の前の相手の身体をなでるように手を動かす。実際に滉には触れてはいない。
念じることで何かを探っているようだ。
「壁を突き破った時に生じる破片が感じられる。すでに《鏡界》を越えているな」
事を終えると茶野は、自らが袖を通しているブラックスーツのえり元に触れた。滉を見つめる瞳からは、何かを試しているように感じられる。
「光の向こう側のことを言ってるんですか? それなら何度か入ってます。未だに半信半疑ですけど」
「確信もなしに戦闘が行えるものか」
強めの語気にさえぎられては、おののく他なかった。
「彼はまだ、送信は出来ても受信が出来ないのかも。だから茶野さんの呼びかけに応えない。一方通行なんですよ、きっと」
自分が理解を得ないますすめられていく話に、滉はうんざり気味に肩を落とす。
学校の勉強についていけない時の感覚を思い出していた。
「私が直に接触しなきゃ、ずっとあのままだったと思いますよ」
「接触って、やっぱり俺をだましてたのか」
理華のどこかおどけた口調に、今度は滉が語気を強める番だった。
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