柚と浮浪者

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 暗闇にヒールの靴音が辺りを響かせた。  この日は寒い夜だった。 呼吸する度に出る白い息が一層寒さを感じさせて、 二重に巻かれたマフラーを口に押し当てて暖をとる。 温かみを感じたそばから背筋に冷たい悪寒が走る。 時折吹きすさぶ風が肌を突き刺して痛いほどだ。  昨夜悪酔いして本調子でないためか、一日中身体がだるかった。 頭に靄がかかったように、頭が回転しない。考えたいことはあったはずだが、考えられない。  哀愁と似た感情が柚を襲う。  ふと、外気とは関係ない寒さを感じた。無意識に振り返ると、一人の男が壁を支えに立っている。  柚がいる場所はちょうど電灯の下で、男は暗闇にいた。  柚に気がついたのか、粘りつくような視線が不快にさせた。
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