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ベーシストな彼だが、昔はギターの音色に憧れを持った時期もあった。その時期に憧れていた渋くて最高に深みのある音を出すギターが目の前にあるのだ。礼二はギターを手に取り、腿の上に置く。少年の様に高鳴る鼓動は仕事ばかりで忘れていた若き心を甦らせる。
右手の親指と人差し指をにじりあわせ、左手でCのコードを押さえると彼は震える右手を降り下ろすー。
「クゥゥ、渋い!流石だぜジョージ!ロックだぜ!!」
1人悶え喜ぶ文夫に対して、礼二は俯いたまま震えていた。
「今のCコードだよな?一応、メジャーコードの押さえ方は全部覚えてんだぜ?俺のよりは綺麗に出てたけど、やっぱりプロには勝てんよなー。どうやったら、あんなに綺麗な音が出るんだろうな!」
ウキウキと喋り続ける彼に対して、礼二はクッと顔を上げると死んだ魚の様な目を向けー。
「・・・文夫、お前に聞きたい事がある」
「・・・何だよ」
真面目な雰囲気を感じとり訝しげな表情を浮かべる文夫に対して、彼は低いトーンで尋ね返す。
「お前、チューニングって知ってるか?」
文夫は顎の下に手をやって暫し考えていたが首を傾げー。
「・・・何だそれ?ガムのことか?噛むって意味かなんかだろ?」
「・・・だろうな。わかってたらこんな音出ねぇよな。俺が悪かったよ、文夫」
本当は殴りたいくらいイラッときていたが、彼のあまりの馬鹿さ加減に礼二は怒る気さえ失っていた。不思議とそんな空気を醸し出している文夫には何らかの魅力が有るのかもしれない。
「お前、世界がどうのこうの言ってるけどよ、チューニングもわかんねぇんじゃ話になんねぇぜ?今日は良いギター触らせて貰ったのに免じて許してやるから、ちゃんと覚えとけよ」
礼二はそういうと首を傾げる文夫の前で、ギターのペグを回し始める。
「・・・あーくそ、A音こんなもんで良いのか?昔はちゃんと覚えてたのによ・・・」
思った音にならず、1人苦戦する彼を前に文夫はちんぷんかんぷんー。Aがラの事であることは理解していた。しかし、今の話で何故ラの音の話が出てくるかまでは全く理解していなかった。
「・・・適当に合わせたから完璧じゃねぇが聴いとけよ、文夫。お前の言うプロのCってこんなんだったろ?」
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