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『日向っ……? 私、優姫だけどっ……』
軽やかなソプラノトーンが耳元で響いた。
とても久しぶりに聞いた声だった。
それと同時に脳裏に一人の少女の姿が思い浮かぶ。
『もし日向だったら聞いてて。全部説明してる暇はないんだけど……とにかく会って、私と。そしたら――』
ピーッという電子音で優姫の言葉は唐突に途切れ、日向は怪訝な表情で耳元から離した携帯電話を見下ろした。
いきなりなんなんだ。
意味深なセリフで終了した伝言はそれ一件のみで、日向は少し考えてから通知されていた番号にかけてみた。
『おかけになった電話は、現在電波の届かないところか――』
あれ、繋がらない。
思わず無意味にディスプレイを確認する。
何度か試してみたが、どうやら向こうの電話は電源が切れているらしい。
怪訝に思いながらも仕方なくディスプレイを見下ろしていると、
「おはよ、日向」
爽やかな声が肩を叩いた。
振り返ると口元に微笑を浮かべた長身が片手を挙げていた。
「ああ怜二。おはよう」
「あ、電話中?」
「いや……」
たぶんもうしばらくは繋がらないだろうなと諦めて携帯電話をポケットにしまう。
相手は不思議そうな顔でこちらを見ていたが、「行こうぜ」と促して並んで歩き出した。
怜二は同じ高校に通う同級生だ。
背が高く端正な顔立ちにはいつも爽やかな笑みを口元に浮かべており、また裏表のない性格なだけに男女問わず好かれている。
日向とは幼い頃からのつき合いで、ほとんど兄弟といってもいいような関係の親友だ。
毎朝二人は一緒に学校へ行く。
待ち合わせ場所は住宅街を抜けた先にあるこの川沿いの土手だった。
高校はこの土手を抜けた先の長い坂の上に建ってある。
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