発端

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「君は、まだ名探偵というものが分かっていないみたいだね。広瀬君」 探偵、大鳥啓介は言う。 「シャーロック・ホームズのことを名探偵と呼ぶなんて、全く狂気の沙汰としか言えないね」 「何を言っているんだい?ホームズはどう見ても名探偵じゃないか」 私は反論する。 これでも私は巷の流行りには敏感で、最年本邦でも読まれるようになってきた探偵小説なるものを随分読んでいたのだ。 特に英国のものは面白く、とても気に入っていた。 「それなら、君は緋色の研究を読んだことがあるだろう?」 私は頷く。 コナン・ドイル氏の第一作で、シャーロック・ホームズを一躍有名にした作品だ。 「いいかい、広瀬君。ホームズは緋色の研究の中で、被疑者の衣服のシミが血痕なのかを特定するために、赤血球にだけ反応する試薬の研究なんかをしているんだよ」 大鳥は言う。 「仕事熱心でなによりじゃないか。少なくとも、そのソファーに1日中寝転んでばかりいる君よりは、ずっと感心だと思うよ」 「僕が思うに、そんなのは名探偵の仕事じゃないんだよ。研究なんかは、頭の固いどっかの大学の学者先生に任せればいいんだ。  第一、血痕かどうかなんて舐めたら味で一発でわかるよ」 大鳥は笑う。 「私は君が何を言いたいのかが、さっぱり解らないな」 私は言う。 「そうだな。例えばここに君の土産があるだろう」 大鳥は机の上の箱を示す。 「僕は、中身が知りたい。さてどうする?」 「もちろん、ふたを開けて中を見ればいいさ」 私は答える。 「そうだ、普通はそうする。  しかし、名探偵はそうしない。箱の外観から中身を推理する」 大鳥は箱に目を落とす。 「まず、この箱の端には何か印がついている。  『風文堂』と読めるな。近くの菓子屋だ。  それに、良く見ると脇の方に何か付着している。ああ、君はここに来る途中でつまみ食いをしたな。  これはその時ついたアンコだ。  そのことから、これは外側をアンコで包まれたものだとわかる。そして、君の大好物だ。  つまり、中身はおはぎだね」 確かに中には、おはぎが並んでいた。 「で、何が言いたいんだ?」 私は言う。 「名探偵に必要なのは、洞察力と推理力だけだ、ということさ。  足跡の型をとったり、煙草の灰を集めたりするのは、名探偵のすることじゃないんだよ。岡っ引きの仕事だ」
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