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日の落ち始めた赤い空の下。
人気のない通りを若い侍と牢人体の男が、今まさにすれ違おうとしていた。
(父の仇……)
腰に刀と脇差を閂差しにした育ちの良さそうな若侍。しかし若侍にとって、牢人は父の仇だった。
ボロを身に纏い、腰には粗末なこしらえの鞘に納まった大刀を一本、落とし差しにする牢人。その日暮らしの金のために父を斬った、憎い男だった。
(勝機は一瞬。決して見誤るな)
右前方に仇の姿を捉えながら、若い侍は、復讐に燃える心をひたすらに抑え、抜刀の機を伺う。
仇は若侍の存在に気付いてはいるが、彼が己を付け狙う復讐者だとは、一寸も思っていない様子である。
(まだだ。まだ気付かれてはいけない)
若侍と仇との距離が、一歩詰まった。
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