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「諒? ああ、諒ですか。全く気づいてる様子もないですよ。
勘がいいところはいいんですけど」
俺はくつくつとのどから笑いが漏れた。
ひとしきり笑い終えると、携帯の先は黙ってしまった。
俺も俺で口を閉ざしてしまう。
俺だってしゃべるのが得意なほうではない。
「――アナタは昔からそうですね。
自分からいけばいいものを、何故俺にやらせるんです?」
大事なら――最初から手元に置けばいいものを。
俺は慌てて言いかけた言葉を飲み込んだ。
口を開いたのはオレのほうが先だった。
沈黙に耐えられなかったということと、
真実を知りたかったということ、
その二つが危うく追い詰めるような言葉を吐くところだった。
俺は長くため息を漏らした。
携帯の先の主もほとんど同時に長いため息をついたので、それもまたおもしろかった。
「まあ、いいですよ。分かってますから」
俺は笑みをこぼした。
この人は愛しているだけなのだ。
それが痛いほど分かるから二人の感情にはさまれて、諒を裏切ったという罪悪感にさいなまれるのだ。
けれど、今はそうしなければ諒自身を滅ぼしかねない。今は耐えるときだ。
俺は歯噛みした。ぎりっといやな音がざらリと鼓膜を揺さぶる。
そのときだ。靴音が段々と上へと上がってくる。
「すみません、誰か来ましたので切らせてもらいますよ。失礼します」
間が悪かったから丁度良かったのかもしれない。
俺は失礼だと思いつつも、相手の返答も待たずに通話を切った。
まあ、少しくらいはいいだろう。見返りも無に協力しているわけだし。
いや、見返りはあったか。
通話を切ったのとほぼ同時にその足音は階段を上りきったらしく、螺旋階段の丸い壁に反響する音がなくなりつつある。
しかし、その靴音の主が現れることはなくて、そのかわり窓から吹いた風でなびいた髪がちらちら入り口のところで見えるだけだった。
すぐに誰か分かって、俺は寄りかかっていた壁から背を離して入り口のほうへ歩いていく。
「海月!」
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