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入り口の壁から飛び出してきたのは真那だった。
容赦なく絡み付いてくるのはいつものことで、あえて諭すことはしない。
「わかった、わかったから、離してくれ。あちこち怪我してるから痛いよ」
俺は、何気なく腕を解かせると不満そうに口を尖らせた。
手にしていたペットボトルを真那は俺のほほに当てた。
思いっきり壁に叩きつけられたときだろうか、もはや分からないけれどほほにも傷ができていて敏感になっていたせいか、俺は顔を背けた。
「あ、ごめん。痛かった?」
真那は申し訳なさそうに手を引っ込めるとペットボトルのキャップを開けて俺に手渡した。
「はい。脱水になるよ」
微笑んで手渡されたペットボトルを俺は一気に煽る。
「ん、ありがと」
顔に少しこぼれたスポーツドリンクをTシャツで拭く。
だらしないと、真那は言ってタオル地のハンカチを俺に手渡してくれた。
そして、そっと真那は俺の首に腕を回してきて俺はわずかに腰をかがめた。
唇が重なった。
柔らかな感触に慄くように体を引くことは無くなった。
俺はそっと彼女の腕を解かせて体を離すと彼女ははにかむように微笑んだ。
「寮によって着替えてから学生会室にいきましょ」
照れ隠しもあるのか、彼女はそう明るく言って俺の手を引いた。
できすぎるくらい良い《運命人》だと思う。
俺も俺で真那のことが大好きだ。
けれど、何故だろう。このなんともいえない空虚感は。
とても芝居じみた気がするのは俺だけなのかもしれない。
彼女に対して、俺は確かに特別な感情を抱いている。
それは《運命人》に対する『愛』なのだろう。
《運命人》への愛情――それが『恋』だと。俺達の知っている愛情は《運命人》に与え与えられるもの以外知らない。
それ以外、知らなくてもよいものだ。
けれど――本当にこれは『恋』なのだろうか。
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