2.自動販売機

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2.自動販売機

「へぇ、来たんだ」 「……あたしは苺ミルクを買いに来ただけです。ここにしか無いって、言ったわよ、前に」 維人との奇妙な糸は、まだ繋がっていた。 実際は、あたしがここに来る時間を見計らって、維人が待ち構えているだけなのだろうけど、図っているにしては罪悪感も、あたしが来て安心したような雰囲気も感じさせないのだから、がぜん嫌みだ。 「そういえば、こけし姫って、何の病気?どうして、転院してきたの?」 苺ミルクを買って、維人が座っているのと反対の端に腰を下ろした途端、プライバシーの欠片もない質問が飛んできた。 「こけし姫じゃないって、何度言えば分かるの?」 怒りと共に、ストローを突き刺す。 「だって、名前教えてくれないじゃん」 「訊かれなかったもの」 維人は、あんぐりと口を開けた。 無視して、一口苺ミルクをすする。 「可也、よ」 「……蚊帳?」 「可也!イントネーション全っ然違うでしょうが!!」 違うどころか、変化の仕方が真逆だ。 アホして来たにしても程がある。 「ごめんごめん。……でも、よくそう返されない?学校とかで」 「残念ながら、学校なんて行ったことありません」 「え……マジで?」 同じ顔だった。 あたしのことを、可哀想と言う奴と、同じ顔。 病気だと言えば遠ざかられ、学校に行ったことが無いと言うと、大袈裟に驚く。 ……もう、飽き飽きした。 あたしは、人を諦める。 「あなたには珍しくとも、あたしにはそれが普通なの。……それ以外を、あなたの普通を知らない」 小学校、中学校、高校に大学に専門学校。 テレビでなら見たことがある。 あたしが人生の中で一回も出会ったことの無い人数の人間が一部屋に集まって、小さい机に向かっていた。 授業は受けている。 院内学級や市販の教材を使って。 あたしがしているのは授業。 学校とは、全く違う。 給食は、美味しいのか。 授業で分からないことがあったらどうするのか。 クラス替えというやつで、友達と離れてしまったら、クラス内でどうしていれば良いのか。 たくさんある教室の配置を、どうやって覚えるのか。 委員会は、どんなことをするのか。 遊ぶ約束って、どうやって取り付けるものなのか。 制服って、どうやって着るものなのか。 普通なんて、何一つ知らない。 あたしの普通は、病院の白い壁。 薬に染められた空気。 いつも同じおかっぱ頭。 あまりにも、狭いのだ。
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