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苺ミルクも両親も維人も、あたしをこの世につなぎ止めてはくれない。
この世の未練は、何も無い。
嘆くなら、嘆いていれば良い。
死ぬのが怖いなんて、ただのまやかし。
あたしは大勢の人間に煩わされるのが嫌なだけで、世の単なる多数意見に流されていただけで、実際こうなってくると、清々しさしか感じない。
維人に教えられた方法で開けた扉は、大人しく外へ導いてくれた。
外の冷気は、内と比べものにならないくらいに冷たくて、意識がはっきりしてくる。
手足の指先から顔、背筋と、寒さが這い上がってくる。
決意が揺らぐはずも無いけれど、あたしは足早に手すりへ向かう。
真っ暗な夜の闇は、死を表しているようだ。
命を絶つに、ふさわしい。
試しに下を覗き込んでみると、光は1つの街灯のみ。
ここは、あたしの病室の真上。
維人は、第一発見者となり得るだろうか。
スルーされたらどうしようと、気にしたって仕方無いことが浮かんだ。
死んだ後のことは、生きている人達に任せれば良い。
あたしの目的は、死ぬこと。
その後には誰が泣こうが喚こうが、あたしの体が焼かれようが埋められようが、あたしには関係ない。
手すりを乗り越え、へりに立つ。
いよいよだ。
興奮か恐怖か、心臓が大きな音をたてる。
ここから、時間は長くかけられない。
発作でも起こしたら、大変だ。
死ねるのであれば、そういった方法も悪くないかもしれないが、最後くらい、今までに無い新しいことをやってみたいのだ。
我ながら、こんなところで出てきた人間の性に、笑えてきてしまう。
手を離し、最後の命綱を外した。
あと一歩で……。
ふと、頬の濡れる感触がした。
次は手、その次は足。
顔を上げると、黒の空から白いものが、あとからあとから落ちてきた。
「雪……?」
重く湿った、大粒の雪。
雪を見るのは、今年初めてだ。
空から落ちてきた雪は、地面にぶつかって潰れ、白いシミを作る。
それを見て、もう何のためらいも無くなった。
何だか急におかしくなってきて、あたしは、誰もいない、何も無い虚空に向かって、笑って見せた。
あたしは足場を蹴って、宙に飛び出した。
わずかな浮遊感を感じたと思ったら、すぐに強く下へ引かれた。
もうすぐ、真っ白な雪の上に、真紅の花が咲くだろう。
街灯の光が、消えた。
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