3.雪

4/4
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
苺ミルクも両親も維人も、あたしをこの世につなぎ止めてはくれない。 この世の未練は、何も無い。 嘆くなら、嘆いていれば良い。 死ぬのが怖いなんて、ただのまやかし。 あたしは大勢の人間に煩わされるのが嫌なだけで、世の単なる多数意見に流されていただけで、実際こうなってくると、清々しさしか感じない。 維人に教えられた方法で開けた扉は、大人しく外へ導いてくれた。 外の冷気は、内と比べものにならないくらいに冷たくて、意識がはっきりしてくる。 手足の指先から顔、背筋と、寒さが這い上がってくる。 決意が揺らぐはずも無いけれど、あたしは足早に手すりへ向かう。 真っ暗な夜の闇は、死を表しているようだ。 命を絶つに、ふさわしい。 試しに下を覗き込んでみると、光は1つの街灯のみ。 ここは、あたしの病室の真上。 維人は、第一発見者となり得るだろうか。 スルーされたらどうしようと、気にしたって仕方無いことが浮かんだ。 死んだ後のことは、生きている人達に任せれば良い。 あたしの目的は、死ぬこと。 その後には誰が泣こうが喚こうが、あたしの体が焼かれようが埋められようが、あたしには関係ない。 手すりを乗り越え、へりに立つ。 いよいよだ。 興奮か恐怖か、心臓が大きな音をたてる。 ここから、時間は長くかけられない。 発作でも起こしたら、大変だ。 死ねるのであれば、そういった方法も悪くないかもしれないが、最後くらい、今までに無い新しいことをやってみたいのだ。 我ながら、こんなところで出てきた人間の性に、笑えてきてしまう。 手を離し、最後の命綱を外した。 あと一歩で……。 ふと、頬の濡れる感触がした。 次は手、その次は足。 顔を上げると、黒の空から白いものが、あとからあとから落ちてきた。 「雪……?」 重く湿った、大粒の雪。 雪を見るのは、今年初めてだ。 空から落ちてきた雪は、地面にぶつかって潰れ、白いシミを作る。 それを見て、もう何のためらいも無くなった。 何だか急におかしくなってきて、あたしは、誰もいない、何も無い虚空に向かって、笑って見せた。 あたしは足場を蹴って、宙に飛び出した。 わずかな浮遊感を感じたと思ったら、すぐに強く下へ引かれた。 もうすぐ、真っ白な雪の上に、真紅の花が咲くだろう。 街灯の光が、消えた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!