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あたしにとってこの手すりは、とんでもなく分厚く高いもので、怖くなると言えば聞こえはいいけれど、要するにただ、意気地が無いのだ。
今まで、いつもそうだったから、きっと今日もそうなるだろうと、来るまでは思っていた。
しかし、違った。
下を見下ろして、思わず息を飲んだ。
今ならば、そこはあたしを受け入れてくれる気がした。
「飛び降りは、止めといた方が良いと思うよ」
真冬の屋上。
この病院に来てから、ここで人を見たことは無かった。
今日だって、見ていない。
今も、視界に人は入っていない。
「どこ見てんの。フツーに後ろだよ」
言葉のままに、恐る恐る後ろを向いた。
古い扉がきしんだ音は、あたしの耳に届いていない。
扉の前に、男が一人立っていた。
パジャマ姿だから、入院患者だろうか。
へらへら笑って、こっちに手を振っていたりする。
ジャンパーを羽織っているが、その着崩し方から、バカをして入院に至った、軟派で阿呆な奴だろうと、容易く考えがついた。
「……誰」
「そんなに警戒しないでくれよ。実は幽霊でした、とか言わないから」
「そんなこと訊いてない」
「……わぉ。バッサリ来るね」
ふらふらと無駄に人生を消耗してる人間は嫌い。
神様なんか、もっと嫌い。
どうして、あんな人達が好き勝手できて、あたしだけ苦しまなきゃいけないのか。
何を言われても、納得いかない。
「君、アレでしょ?最近転院して来た、難病に苦しむお姫様って噂の……」
男の言葉が途切れた。
歯を食いしばって耐えているようだが、笑い出しそうになっているのが、手にとるように分かった。
「おかっぱ頭ですが、何か?」
あたしは、入院生活の方が通常の生活よりも長い。
その間、退院どころか、一時帰宅さえ数える程しか出来ていない。
病院に美容院なんて無いから、髪は長くなりすぎる前に、お母さんに切ってもらう。
だが、その時、お母さんに「髪を切る」以外の技術は、求めることが、既に間違っている。
「い、いや……可愛い、凄く。小顔だし、目ぇ大きいし、色も白くて……でも、ごめん!こけしにしか見えない!!」
言うなり、本人が目の前にいるにも関わらず、大声で笑い出した。
可笑しくて可笑しくてたまらないといった様子で、仕舞いには苦しそうに座り込む始末だ。
「ちょっと、いきなり失礼じゃない!あたしだって、好きでこんな髪型……」
「命は安いけど、髪はそんなに高いんだ」
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