1.苺ミルク

1/6
前へ
/20ページ
次へ

1.苺ミルク

左側にお母さん。 右手には点滴。 お母さんと2人だけでいる時間は長すぎて、今では会話もろくにない。 熟年夫婦が離婚を決意する時は、こんな感じなんじゃないかと、時々思う。 「あ、もうこんな時間。お母さん、行かなくちゃ」 それまでボケッとしていたお母さんが、あたふたと動き始める。 「行ってらっしゃーい」 「行って来ます。可也、良い子で大人しくしてるのよ」 「はいはい」 「ご飯ちゃんと食べて、薬も嫌がらずに飲むのよ」 「分かってるって」 良い子とか、嫌がらずにとか、小学生にでも言うような言葉たち。 多分、もう癖になっているのだ。 彼女の感覚は、果てしなく鈍くなっている。 仕事と病院通いの毎日で、あたしがもう14歳だってことも、忘れてしまったように見える。 父親は、きちんといる。 今も家に住んでいるし、日曜日にはお見舞いに来る。 仕事もしてる。 知っている。 両親が前程近くないことも、別れないのも、あたしの所為だって。 点滴が終わった。 ナースコールを押すと、すぐに看護士がやって来て、愛想も無しに、器具を片付けて去っていった。 点滴をしたばかりだというのに、やけにのどが渇いて、あたしはお財布を片手に、部屋をでた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加