1.苺ミルク

4/6
前へ
/20ページ
次へ
自分を落ち着かせようと、苺ミルクを息の続く限り吸った。 小さな紙パックの中身はすぐ空になり、不愉快な空気の音が響いた。 「お母さんは、毎日小学生にでもするような言いつけ、飽きもせずに言ってくるし。医者だって、どうせ何もできないくせに、検査ばっかりさせるんだもの」 両手に力を込めると、紙パックは容易に潰れた。 しかし、上下の紙が幾重にも重なっている部分は、ピクリともしない。 わざとゆっくり立ち上がり、ごみ箱に真上から落とす。 「こけし姫にも、色々考えるところがあるんだね」 「当たり前でしょ。病気に溺れてなんかやらないわ。それと、こけし姫じゃない」 耳はあいつの声を聞きながら、目はごみと化したパックを離れない。 「心配は、されるうちはありがたく貰っとくもんだよ」 「何故?あんなの、何回も言われちゃ重たくて、言った奴はけろりと忘れて……。迷惑なだけじゃない」 「周りが心配するのは、こけし姫がまだ当分生きられるから。変なことして死んじゃったら、心配した奴は後悔するだろう。みんな、まだこけし姫が死んだことを、後悔したくないんだよ」 目が、紙パックを離して、あいつを正面に捉えた。 あいつは、今は視線を上に向けている。 さっきまで見えていた表情が、あたしが動いた距離の所為で、暗くなった空間に見えなくなる。 「まるで、一回死んできたようなこと言うのね」 何か声をかけないと、あいつ……維人が消える気がした。 でも、口をついて出てきた言葉は、可愛げも何も無い。 「俺は、ちゃんと生きてますよー。縁起でもないことお言いでないの」 「言ってみただけよ」 「だと思った」 言うと同時に、笑う声がした。 今の気分のためか、あたしには元の明るさが欠けているように感じられた。 「お代わり、いかがですか?」 維人の手に挟まれて、苺ミルクの紙パックが左右に振れた。 「そこまでして、人の感謝を踏みにじりたい?」 「違いマス。単にコーラの方が好みってのと」 「ちょっ……」 「女にものをせびるほど、情けない男じゃないってことさ」 紙パックは、ベンチの中央に落ち着いた。 あいつは少しの間それを弄び、やがて諦めたように立ち上がった。 「今度、適当な看護士さんに訊いてみな。尾黒 維人って奴、本当にいるかって。渋い顔されるから」 「どうして?」 「見れば分かると思うけど、俺があんまり模範的な患者じゃないから」
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加