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自分を落ち着かせようと、苺ミルクを息の続く限り吸った。
小さな紙パックの中身はすぐ空になり、不愉快な空気の音が響いた。
「お母さんは、毎日小学生にでもするような言いつけ、飽きもせずに言ってくるし。医者だって、どうせ何もできないくせに、検査ばっかりさせるんだもの」
両手に力を込めると、紙パックは容易に潰れた。
しかし、上下の紙が幾重にも重なっている部分は、ピクリともしない。
わざとゆっくり立ち上がり、ごみ箱に真上から落とす。
「こけし姫にも、色々考えるところがあるんだね」
「当たり前でしょ。病気に溺れてなんかやらないわ。それと、こけし姫じゃない」
耳はあいつの声を聞きながら、目はごみと化したパックを離れない。
「心配は、されるうちはありがたく貰っとくもんだよ」
「何故?あんなの、何回も言われちゃ重たくて、言った奴はけろりと忘れて……。迷惑なだけじゃない」
「周りが心配するのは、こけし姫がまだ当分生きられるから。変なことして死んじゃったら、心配した奴は後悔するだろう。みんな、まだこけし姫が死んだことを、後悔したくないんだよ」
目が、紙パックを離して、あいつを正面に捉えた。
あいつは、今は視線を上に向けている。
さっきまで見えていた表情が、あたしが動いた距離の所為で、暗くなった空間に見えなくなる。
「まるで、一回死んできたようなこと言うのね」
何か声をかけないと、あいつ……維人が消える気がした。
でも、口をついて出てきた言葉は、可愛げも何も無い。
「俺は、ちゃんと生きてますよー。縁起でもないことお言いでないの」
「言ってみただけよ」
「だと思った」
言うと同時に、笑う声がした。
今の気分のためか、あたしには元の明るさが欠けているように感じられた。
「お代わり、いかがですか?」
維人の手に挟まれて、苺ミルクの紙パックが左右に振れた。
「そこまでして、人の感謝を踏みにじりたい?」
「違いマス。単にコーラの方が好みってのと」
「ちょっ……」
「女にものをせびるほど、情けない男じゃないってことさ」
紙パックは、ベンチの中央に落ち着いた。
あいつは少しの間それを弄び、やがて諦めたように立ち上がった。
「今度、適当な看護士さんに訊いてみな。尾黒 維人って奴、本当にいるかって。渋い顔されるから」
「どうして?」
「見れば分かると思うけど、俺があんまり模範的な患者じゃないから」
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