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「……いつまでいるつもりなんだい」
あたしを思考の海から助け出してくれたのは、件のタヌキ寝入りのお婆さんの声だった。
「お婆さんがホントに寝るまでよ」
「年寄り扱いはやめとくれ。『武田様』それか『世津子さん』にしな」
なんて言い草だろう。とはいっても、この程度で怒ってたら、看護師なんて勤まらないのよ。
「分かりました。“お婆ちゃん”」
「まったく信じられない娘っこだね。そんなだから逢引きの相手もいないんだよ」
ゴロリとこっちを向いて武田の婆さんが睨んでくる。
でも、このお婆さんにそんなことを言われる筋合いはない。思わず、口走ってしまっていた。
「誰も見舞いに来ない武田さんに言われたくないわ」
口に出した瞬間に後悔した。言っちゃいけないことは分かってたのに……。
お婆さんも一瞬哀しそうな表情を浮かべたけど、あたしの顔を見て、その表情は消えた。
「ご、ごめんなさい……」
「……いいさ、別に気にしちゃいないよ。でも、これで貸しひとつだよ」
その台詞にあたしは救われた。
もう一度だけ頭を下げて、あたしは病室を出た。
逃げるように……。
自己嫌悪の尻尾を引きずりながら……。
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