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郊外を走る数台の車。
いずれも夜の闇に好んで溶け込む悪魔の羽のような漆黒色である。
最後尾の車内で、一人の男が溜め息混じりに呟いた。
「あれはもう役に立ちそうに無いね。」
壊れたラジオを処分しようとでも言うように、男の口調はごく軽いものであった。
「はぁ、『あれ』とは?」
思わず部下が聞き返す。身なりや立ち居振る舞いからして、男の秘書のようだ。
「何だ、そんな事も分からないのか。」
穏やかな中に苛立ちを含んだ声色。眼鏡の奥で、男の眼が鈍く光る。
秘書は慌てて答えた。
「…あの‥もしや、ソル様の事でしょうか?」
「分かっているなら、わざわざ聞かないでくれ。君はそんなに愚かな人間だったかな?」
「申し訳ございません、旦那様…。」
機嫌を取ろうと、必死に主人の顔色を窺っているのが手に取るように分かる部下を横目に、男はニヤリと口元を歪めた。ククク‥という含み笑いが、何とも鼻に付く。
「それに比べて、あの子は実にいい。‥類稀な素質がある。少々生意気なところはあるが、それもまた可愛いものだ」
「実験も佳境ですし、そろそろあの計画に着手してもよろしいでしょうか。」
「そうだね‥準備を進めておいてくれたまえ。」
「承知いたしました…。」
ふと窓の外に目を遣ると、美しい月が輝いていた。
「おや、今宵は見事な満月ですね。」
秘書の言葉に、反応は無かった。
「…旦那様?如何かなさいましたか?」
「『満月―フルムーン―』…万物を狂わせる魅惑の月…か。さて、私の月は大人しくしているかな…。」
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