サクラオトメ

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 僕が彼女を初めて見かけた時、既に彼女の顔は憂いに陰っていた。場所は、通学路の途中にある並木道だ。確か、雪が降らなくなって間もない頃の季節だったと思う。  歳は僕と変わらないようにも見えたし、ずっと年上であるようにも見えた。漆を流したかのような艶やかな黒髪が風になびく様は、端正な作りの顔立ちと彼女が纏う簡素な着物と相まって、酷く幻想的に見えたものだ。それは、儚げだったと言い換えても良い。そう、触れれば霞のように消えてしまいそうな位に。  言うなれば、彼女は花である。摘んでしまう事で手元に置く事は出来るかもしれないけれど、摘まれた花の命はとても短いもの、と相場が決まっている。だから、僕は特に彼女に関わるべきではないと考えた。幻想は幻想のまま、壊さずに眺めていれば良かったのだ。  実際、登校時や下校時にぼんやりと彼女を眺める事はあっても、何事もなかった。彼女から話しかけてくるような事もなければ、僕と視線を合わせる事もない。ただただ、悲しげな瞳を遠くへ向けるばかりであった。幻とは、そういったものである。
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