さよならの前に。

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『本日はお日柄もよく……』 ホテルのワンフロアを使って設けられた会場は、厳かな雰囲気に包まれていた。 しんと静まり返った会場に響く少し緊張気味の声の主は、その手にグラスを持ってスピーチを続けていく。 乾杯の挨拶を任されるにしては若いその男は、名誉な大役に気負っているようだった。 細身の礼服をパリッと着こなすその様相に不釣り合いなほど緊張している男は、たまに言葉をつまらせるとその度に苦笑いを浮かべて取り繕う。 そして時折ハンカチで額を拭いながら、抑揚のない声でなんとかお決まりの文句を並べ立てていく。 マニュアルに沿ったようなその堅苦しい文言はかれこれ5分ほど続き、会場のどこかから咳払いが聞こえると、男は慌ててスピーチの終わりを告げた。 『――――では、乾杯!』  
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