川にて

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「それにしても、悠は本当に足が早いよなー」 慶太君が呟く。 「本当だよ、どんどん離されていって、見つけたら倒れてるんだもん」 彩奈夏ちゃんの言葉からすると、僕が川に落ちたのを見ていないということなのかな。 僕はあの時、確かに落ちたんだ。 「その話はもうやめましょう。また謝りたくなってきますから」 慧君がそう言って苦笑いしている。 「…それじゃあ、帰ろっか」 そう言った春乃ちゃんはまだ横になったまま僕に手を伸ばした。 僕は自然とその手をとる。暖かくて優しい。 でも、僕の手には傷がなかった。 「立てるか?」 そう言いながら、反対の手を握った慶太君に僕は引き起こされる。 言っていることとやっていることが少しズレているのが、面白くて笑いそうになる。 「慶太君、本当に心配しているんですか?」 慧君が冷めた目で慶太君を見た。 なんだか、いつもの感じに戻ったみたいで、僕はたまらず吹き出してしまった。 「大丈夫。一人で歩けるよ」 そう、足の疲れもなくなっていたんだ。 僕がそう言うと皆笑顔になった。 「陽がくれる前に帰ろうよ」 気付いたら陽が落ちてきていて、彩奈夏ちゃんがそう言った。 「そうですね。帰りましょう」 眼鏡の位置を直しながら笑顔を浮かべた慧君の言葉に、皆頷いて歩き出す。 一つだけ、気になることが残っていた。 僕は振り返って大岩を見る。 「どうしたの?」 春乃ちゃんが僕の顔を覗き込んだ。 少し落ちかけた陽の光を浴びて、朱色に染まって見える春乃ちゃんの顔。 やっぱり可愛い。 「な、なんでもないよ。帰ろう」 またしても情けない返事をする。 そして、振り返りそうになった春乃ちゃんの手を握る。 春乃ちゃんがはにかむような笑顔を浮かべて頷く。 僕がそういう風に考えているからそう見えるだけ。 あの時最後に見た緑色の掌、大岩の上の四本のキュウリ。 …ありがとう…河童さん。 僕は心の中でそう呟いた。
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