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時は中世、場所は英国。月の光も届かない退廃した屋敷の陰にその男はいた。
左手には重厚なスーツケースを提げ、右手は羽織っているロングコートのポケットの中。一見ひょろりとした細い印象を与える男は緩む口許を隠すように、首に巻いているマフラーを軽く引き上げる。
「私の宝はまだか、1秒でも遅刻してみろ。容赦はしないぞ…」
約束の時間の30秒前。口許は弧を描きながらも吐き出されるのは物騒な呟き。まだかまだかと逸る気持ちを隠してはいたが、現れた自分以外の気配にマフラーの下の口角がより上を向く。
時間を確認してみれば針はきっかり0時を示していた。相も変わらず厭味なくらいに完璧主義者だ。
「ヒヒっ…おまたせしました、ヴェルヌ卿」
「約束のモノは用意出来たのだろうな、宝石屋」
妙な笑い声とともに姿を見せる若い男に投げかけたのは疑問符のないただの確認。宝石屋と呼ばれた男は答える。
「それは勿論ッご所望のブラックオパール、お気に召して頂けるかい?」
言いながらヒュンッと空を切って投げられたそれをキャッチする。
「おい、扱いに気をつけろ」
「ヒヒっ…申し訳ない…」
咎める声に申し訳なさのかけらもない返事をする宝石屋を一瞥し、手の中にある"宝石"へと視線を移す。
「…美しい……。お前は本当に、腕だけは一流だな」
宝石と形容されたのは、保存液に浸されたまごうことなき人の眼球だった。濁りのない黒の瞳が怪しくこちらを見つめている。
その艶やかな黒をヴェルヌはうっとりと愛しいものに向けるような視線で見つめ返し、恍惚とした声で宝石屋の腕を褒めた。
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