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「受け取れ、報酬だ」
視線は今だ眼球に向けたまま、提げていたスーツケースを宝石屋の方へと放る。危なげなくそれを受け止めた宝石屋はその重さに中を確かめる事なく確かに、と頷いた。
「ところでヴェルヌ卿…次はいったい何をご所望で?」
その言葉にヴェルヌは漸く視線を流してみせた。交わる先は食えない笑み。腕が良いのは確かだがその行動は自分勝手で気分屋、認めてはいても信用はしていない。
それでも請け負った仕事はきっちり熟すものだから、またこうして利用するのだろう。相手の暇潰しに利用されているのだとしても、それが利害の一致だから。
「そうだな…薔薇だ、薔薇が欲しい。孤高に咲き続ける褪せない薔薇が……」
「薔薇ですかい?あぁ…それだったらこの屋敷に咲く一輪の薔薇をオススメしましょう。ヴェルヌ卿のお目がねに叶ったならご自分で手折ると良い」
では、私はこれで…そう一礼して宝石屋は姿を霞に晦ませた。
(この屋敷に望む物があると?…まぁ良い、見ておいても損にはならぬだろう)
ヴェルヌは手中の宝石を大事そうに懐に仕舞いながら古びた屋敷を見上げる。宝石屋の言葉に眉をしかめ思案しながらも、動かした足が向かう先は屋敷への扉だった。
きっとかつては輝かしかったのだろうその扉も今ではどうだ。ノブは錆び付き鍵は壊れ、一つとして役目を果たしてはいない。
ヴェルヌは年期の入った扉に手をかける。
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