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「悪かった……後で話すよ。全部は無理だけど、できる範囲で話す」
それが太一の唯に対してできる、いまの精一杯の償いである。胸倉を掴む唯の手をそっと解き、抱き寄せて太一と違って柔らかい髪を撫でた。腕を背中に回し震える妹をしっかりと感じながら、今度は母親へと視線を注ぐ。
「黙っていなくなってごめん」
「ほんとよ……でも、太一が無事でいてくれたことがなによりも嬉しいわ」
そう言って瑞穂も下に降り、唯ごと太一を抱きしめた。久しく感じていなかった母親の温もりに太一は目を閉じ、そして、静かに涙を流すのだった。
少しして三人ともが落ち着き、リビングで茶を飲んでいた。茶請けにポテトチップスの袋を開き、適当に食べながら時間を過ごし、頃合いを見て太一が話を始める。話を遮らないで最後まで聞いてくれるよう前置きし、口を開いた。
「実は俺、やりたいことができたんだ……。なにがって聞かれても言えないけど、すごい大事なこと。俺はそれを確かめるまで学校にも行かないし、あんまり家にもいられない。今日だって少し帰ってきてるけど日曜にはここを発つつもりだし、やりたいことがいつ終わるかもわからない。もしかしたら一生わからないかもしれないけど、それでもやりたいんだ」
「お兄ちゃんが……」
太一が話している間茶にもポテトチップスにも手を伸ばさなかった唯が小さく口を開く。
「お兄ちゃんがどうしてもやりたいのなら、わたしはいいと思う……」
「唯……」
瑞穂が驚いたように娘を見た。唯は自分のコップを見つめながら言う。
「お兄ちゃんがなにかをしたいって言ったのって、剣道を除いたら初めてでしょ? それなら、たまにはお兄ちゃんのわがままに付き合ってもいいんじゃないかな」
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