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「ありがとう、唯。母さん……」
唯に微笑み、それから母親に視線を移す。瑞穂は太一ではなく俯きコップを見つめる隣の娘を見ていた。
「わたしは、正直反対。太一がどこでなにをしてるのかまったくわからないし、それでもしなにかあってもわたしは助けてあげられない。母親としては絶対に嫌よ」
「……」
母親としては。
「でも、息子が自分の意志で決めたことを親が止める権利はない……。太一、やめる気はないのよね?」
「ああ、もう決めてる」
視線を合わせてくる母親に太一は強く頷いた。
「なら、あと母親にできることは息子を応援することだけね」
ふっ、と少し寂しそうに笑い、それから椅子から立つと向かい側に座る太一の頭に手を伸ばした。
「母さん?」
「あなたの頭を撫でるのはいつ以来かしらね。ずいぶん大きくなっちゃって」
さて、と瑞穂は手を離す。
「晩ごはんの支度するわよ。太一、唯、手伝って」
「うん」
「了解」
いつもと変わらぬ天神家の光景がそこにはあった。
ただ、それを見ている者がいたなどとは誰も夢にも思わなかったからではあるが。
「あの時の屈辱……晴らさせていただきますよ」
日が沈み暗くなりはじめる中、電信柱の上から天神家の様子を覗く黒いスーツを着た男は口元に笑みを湛え、
シュンッと。姿を消した。
* * *
太一が帰宅した翌日。菊池に言われて練習試合に出ることになったと説明し太一は家を出た。
道具は剣道部にあるものを貸してくれるそうなので太一が持って行くのは中学の頃に使っていた名札のみだ。さほど荷物になるわけでもないのでそのまま持って行くことにした。
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