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「いえ、楽しみでつい気が急いてしまいましたよ。いい試合にしましょう」
神高の顧問はどことなくいやらしい笑みで手を差し出した。しかし菊池はそれには取り合わず太一を含めた桜剣道部に向き直り指示を出す。
「佐々木、熊沢、岡本、風見(かざみ)は定位置に着け。日輪(ひのわ)は天神を連れて行って防具を貸してやれ」
『はい』
「おまえらも準備しろ。菊池先生、更衣室をお借りします」
「どうぞ」
それにしても、と神高の顧問は松葉杖をつく生徒と太一をみつめにやりと笑う。
「そちらの部員は怪我をされたみたいですね」
「体育で少しどじをしまして。ですから日輪が連れているもうひとりが今日は出ます」
「初めて見る生徒ですが?」
「最近仮入部した子ですから」
嘘ではあるが、まさか部員でもないのにやらせたと知れば後でなにを言われるかわからない。そこで仮入部ということにした。
「ほう。ちなみに剣道はどれくらい?」
(勝率の計算か)
「小学から中学までやっています。まあ、地区大会に出場した程度のものですが」
これは嘘ではない。実際太一は菊池道場に入ってから一年ほどは大会に出たが、それ以降は一度として出ていないからだ。当時の太一いわく、強くなるために入ったのであって大会に出るために来たのではない、とのことで、同年代の子相手よりも師匠や菊池との勝負をしたがったのである。
しかし好成績を残していないということは弱いと見なされる。当然神高の顧問の笑みは濃くなった。
「実はこちらもひとり風邪をこじらせてしまいましてね。私の知り合いから助っ人を頼んだのですが、かまいませんよね?」
どうやら助っ人はありだったらしい。
「ええ、いいですよ」
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