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それから女性は、注文した定食を食べ終わるまでにピッチャー3杯分の水を飲み干して、幸平を除いた店内にいた面々から奇異を通り越して恐怖に近い目で見られることになる。
もっとも、視線を浴びている本人は、最後まで視線に対してリアクションを起こすことはなかった。
「…ごちそうさまでした。」
静かに手を合わせてそう言うと、女性は椅子を鳴らして立ち上がった。
その拍子に椅子に躓いてよろけるが、今度は自分で体勢を立て直してレジに向かう。
「あ!ありがとうございました!」
「とてもおいしかった。食事も、水も。」
「えへへ…ありがと。」
会計をしながら幸平が、自分のことのように照れ笑いを浮かべながら言うと、女性は小さく笑った。
先程大和田に見せた鋭利なそれではなく、自然な微笑をほんのわずかだけ見せ、すぐに無表情に戻ると静かに言葉を漏らす。
「…もうすぐ、1年だ。」
「?」
「っ!」
「『奴ら』もいつまでも誤魔化されてはいまい。むしろよく、1年も目先を誤魔化せたものだ。それも、『彼』の想いの強さの現れなのかもしれないが…」
「え…何?」
独り言のようでいて誰かに向けているような言葉に、幸平は困惑げな視線を投げるが、女性は聞こえていないように続ける。
「何も知らないのなら、知っておくべきだ。でなければ…失ってしまう。」
「…何を?」
幸平が再度問いかけると、女性はどこにも向けていなかった視線を幸平に戻して代金ちょうどを置くと、踵を返した。
「決断の時は迫っている。」
そのまま、女性は振り向かずに店を出ていった。
「…え、えぇ?何?誤魔化す…決断って…?」
「………………」
心底訳が分からないといった風に瞬きをして首を傾げる幸平の背中を、大和田は真剣な面持ちで凝視していた。
「…決断、か……」
「『水妖』、ターゲットと接触いたしました。『奴ら』の存在は今の所認識されていません。はい。では、監視を続けます。」
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