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「違うの。私が動けなかったのは、怖かったからじゃないの。凄く――綺麗だなって、見惚れてたんだと思う」
千花の言っている意味がわからない。大量の返り血を浴びた殺人鬼が綺麗って……ショックで頭がおかしくなったのだろうか。
「それでね。私、つい言っちゃったんだ。綺麗って。そしたら急に動きが止まって、じっと私のこと見てきたの。そのまま暫く固まってたら、どこかに行っちゃった」
「そか。よかったな」口では適当に答えたものの、犯人が何故見逃したのか気になった。
千花のことを見逃すのは、どう考えても犯人にメリットはない。寧ろ、自分が捕まる確率が上がるだけだ。警察に顔の特徴を話されたりでもしたら……警察?
「そういや、おまえ、警察には連絡したのか?」
「してないよ。ネットの掲示板には書き込みしたけど」
何の迷いもなくそう答える千花に、俺はただ呆れるしかなかった。普通なら真っ先に警察に連絡すると思うのだが。
「いや、それ不味いだろ、色んな意味で」
「だって、仕方ないじゃん。私だって今朝のニュース見るまでは、あれが本当に起きたことなのか自信なかったし。もしかしたら悪い夢だったのかもって……」
確かに、いきなり目の前で人間が刃物で滅多切りにされるのを見れば、そう思ってしまうのも仕方の無いことかもしれない。あまりにも日常とはかけ離れているのだから。
そんなことよりも、俺はもっと喜ばなければならないことがある。桜井千花が、連続殺人犯と遭遇してしまったのにも関わらず、こうして怪我一つなく目の前にいることに。
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