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ペアのマグカップにドリップした熱いコーヒーを注ぐ。カップの一つは焼けたパンが置かれたテーブルの上に。もう一つは棚の上にある写真立ての前に置く。
写真には日本人形の様な容姿の妻、幸子の姿。今では写真でしか見ることの出来ない彼女に、僕はいつもと同じように「おはよう」と微笑んだ。
写真の中の幸子は、泣くことも、怒ることもない。この七年間ずっと変わらぬ笑顔のままである。
その筈なのに、写真に写る幸子が「おはよう、晴樹さん」と柔らかな笑顔で遠い過去の日の様に返事を返してくれた気がした。もちろん、そんなことあるはずがない。
「おはよー、お父さん」
背後から一人娘の声がした。
写真立てから視線を外し、愛娘である希実の頭を優しく撫でた。もう少しで一二歳になる娘の仕草や表情に、ときおり幸子の面影がちらつく。
「お父さん、今、お母さんのこと思い出してた?」
「あぁ。そろそろ命日だからかな」
壁にかけてあるカレンダーの、赤い丸印で囲んである日付をそっとなぞる。七年前のこの日、幸子は事故で亡くなった。長雨が続いた梅雨の季節だった。
そんな訳で妻を亡くしてから僕と希実は、二人で東京湾がよく見える港区のマンションに住んでいる。
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