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幸子は僕には勿体ないくらい素敵な女性だった。仕事の愚痴を溢した時も、八つ当たりしてしまった時も、嫌な顔一つ見せずに笑顔で支えてくれていた。
それに気がついたのは、彼女が事故に遭って他界した後だった。ずっと後悔している。どうしてもっと早く気づけなかったのかと。
きっと最期の瞬間を迎えた時、僕のことを恨みながら逝ったに違いない。
再婚せずに生きていくことは彼女への愛であり、罪滅ぼしなのだ。もし叶うのであれば、もう一度初めから結婚生活をやり直したい。寄り添っていた時に出来なかったことをしてあげたかった。
緑色のアクセントが入ったBOXケースから煙草を取り出してくわえる。悶々とした気分を変えたかった。
純銀製のオイルライターで火を点け一息吸うと、メンソールのひんやりとした清涼感が頭をすっきりさせる。
「お父さん、煙草、身体に悪いよ」そう言って希実が副流煙を手で払う。
「ごめん、ごめん」
火を点けたばかりの煙草を消しながら、希実は本当に幸子に似てきたなと思う。生前、幸子もよく僕が煙草を吸っている時に同じ様に言っていた。
「ぼぉっとしてないで、早く着替えないと会社に遅刻しちゃうよ?」
背中まで伸びた母親譲りの真っ直ぐな髪を、櫛で梳かしながら希実が言う。そういう年頃なのか、お洒落に目覚めた希実は毎日違う結び方をして学校に行っている。
そのうち化粧をしたりする様になるのかな、などと思いながら時計に目をやると、電車の時間ぎりぎりになっていた。
「うわ、やばい。希実、戸締りよろしくな!」
急いで着替えをして僕は玄関を飛び出す。背中に「はーい。行ってらっしゃい!」と、希実の声が聞こえた。
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