第一章

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 駅に着くと、走った甲斐あって電車はまだ来ていなかった。今年で三十八歳になるが、体力はまだ落ちていない様だ。  電車を待つ人の列に並び、家を出る時に持ってきた新聞を鞄から取り出す。読みたい記事は政治事情――ではなく、僕やこの近辺に住む人達に一番関係がある、口裂き女事件について。  この事件は身近で起きたというだけでなく、僕の仕事にも影響を及ぼしている。今、何処の週刊誌でも口裂き女のことは必ず載っている。もちろん、勤めている会社の雑誌にもだ。  そして、その記事を書いているのは白峰晴樹――僕だ。  口裂き女事件の記事を担当することになって数週間が経つが、正直な話、これと言って読者を惹きつけられるようなものは書けていない。  情報が少な過ぎるのだ。何処の週刊誌も微妙に書き表し方が違うだけで、同じ様な内容が書かれていることがそれを語っている。  今現在の被害者は四人。これだけ派手に殺しているのにも拘らず、警察もマスコミも未だ犯人の有力情報を入手出来ていない。犯人は余程念入りに計画を立て、それを実行しているのだろう。  知り合いの刑事の話によると、今のところ手掛かりは、被害者の服に付着していた本人のものとは違う長い黒髪。  全く面識の無い複数の被害者に同じ髪が付着していたことから、それが犯人のものなのは間違いないらしい。  それと、もう一つ。現在起きている連続殺人事件の手口が、過去に起きたものと酷似していることだ。
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