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二人は参考書やビジネス書が売られている二階のフロアを歩いた。遠藤の案内で桜の目に大量の参考書が置かれた書棚が映った。
「どれがいいの?」
「まずはだな…。」
桜が参考書を幾つか開き、遠藤が助言を行う。その姿を見ている者がいた。
「青春だね~。」
不意に後ろから声がしたので二人が同時に後ろを振り返った。
二人の目に、腕を組んで立つ一人の女性が映った。大学生だろうか、セミロングの金髪が地毛かどうかは判別できない。
「いいね~ラブラブで。羨ましいな~。」
女はヘラヘラと笑っていた。その言葉を聞いて遠藤は女を『不憫に』思った。
(可哀相に…。)
『ラブラブ』などと桜の目の前で言った者は必ず悲惨な末路を辿る。想像を絶する恐怖が待ち受けている。
遠藤は恐る恐る横目で桜を見た。同時に、異変に気付いた。
いつもなら握られていよう桜の拳が今回は開いていたのだ。
桜は女に驚いた様子で大声を出した。
「竹下先輩!何でここにいるんですか!?」
桜に『竹下』と呼ばれた女が剽軽に笑いながら答える。
「ついさっき帰ってきたのよ。それで久しぶりに日本語の本が読みたくなってね。本当に奇遇ね。」
まるでドラマのような感動の再会シーンなのだろう。そこから桜のバーターである遠藤はハブられていた。
エキストラでモブである遠藤は桜と女性の会話を聞いていなかった。だから、三人で近くの喫茶店へ行くことになった時もよく分からないままについて行った。
三人が席に着いた時、『竹下先輩』は自己紹介を始めた。
「そっちの方は初めましてだね。僕の名前は竹下圭織(たけした かおり)。ついさっきまで世界を旅してて、今日本に帰って来たの。今後とも宜しくね、遠藤君。」
「あれ、何で俺の名前知ってるんですか?」
「さっき、楓が君のことをそう呼んでたじゃない。」
(そうだったような、違ったような…。)
遠藤が考えていると、桜が話し始めた。
「竹下先輩はどうして日本に帰ってきたんですか?」
竹下が水を少し飲んだ後に答える。
「まあ、色々とあってね。やっぱり故郷が一番落ち着くね。」
答えになっていない返答に対して、桜はそんなものなのかと首を傾げた。
その時、突然桜の携帯が鳴った。
「すみません、ちょっと席を外します。」
席を立って足早に店を出た桜を見て、そんな常識があったのかと遠藤は少し驚いた。
これにより、遠藤と竹下の二人きりとなった。
気まずい空気を壊すべく、遠藤が口を開こうとしたとき、竹下の方から話しかけてきた。
「遠藤…快君だよね。小野田さんから話は聞いているわ。」
遠藤の頭が一瞬フリーズする。再起動時のパスワードは『オノダ』。
「え、小野田さんって、じゃあ竹下さんは…」
遠藤が言い切る前に竹下が答えた。その問いの答えを、遠藤は知らなかった。
「そうよ。『国家安全保障特別対策組織』の一人よ。私はその中で情報班。」
「え、国家…何ですか?」
「国家安全保障特別対策組織。知らなかったの?」
(ダサい…。)
三つは元号が離れてそうな古臭い名前に拍子抜けしながらも、意味不明な単語について遠藤が訊く。
「班って何ですか?」
その質問は予想外だったようで、竹下が驚いた様子で言った。
「何も知らないのね。」
返答は呆れ顔だった。
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