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「それは…」
遠藤は喉まででかかった言葉を飲み込んだ。言葉が止まった遠藤に笠松が詰め寄る。
「何?どうしたの?」
「いや…」
遠藤が後退りする。「俺には未来が見えるんだ」と言って信用してもらえるとは思えない。
「た、たまたまだ。たまたま…」
下手に誤魔化すも、笠松は遠藤の気持ちを汲んでそれ以上聞かなかった。その後、二人は一言も発さずにそれぞれの家に帰った。
家に帰ってから思う。笠松が無理に追及してこなかったのは、彼の優しさに他ならないだろう。自分が命の危険にさらされ、なおかつ自分の友人が何かを知っている。その状況下で何も聞かない人はいない。
そんなことを考えながら、家のドアから本部に入る。大瀧を探していたが、先に見つけたのは杉原十岐だった。
「遠藤、久しぶりだな。いや、遠藤もここに入ったのか。しかも一緒の仕事場だとな。で、何しに来たんだ?」
「大瀧さんを探しているんですが。」
「ああ、滝なら長期休暇をとってるよ。」
「え!?」
「昨日、急に休みが取りたいって言ってきてな。桜庭と一緒に休暇を取ったんだ。滝は有給たまってたからな。」
『休暇』や『有給』という言葉を聞くと、ここも至って普通の会社のように思われる。杉原は笑いながら遠藤の肩を叩いた。
「まあ、どこかで一杯やってると思うぞ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
遠藤は杉原に礼を言うと本部を出て家に帰った。夜も更けた。布団に潜り、大瀧について考える。大瀧のことを杉原に話すべきかどうか。大瀧自身にも事情があるかもしれないと思い、言うのを止めた。
寝そうになった頃、桜が帰ってきた。腹を空かせた女王様は機嫌が悪い。
「何寝てんのよ。さっさと起きて手伝いなさい。」
清々しいほどの命令口調だ。遠藤は渋々起きて夕食を手伝った。
こうやって二人で普通に学校に行けるのは二人の『義両親』のおかげだ。
遠藤と桜はほとんど同時に別々の場所で『捨てられた』。そして、同じ日にそれぞれの場所で同じ人に拾われ、救われた。二人は物心ついた頃からある夫婦に育てられていた。
夫の名は片平宗治。現在五十六歳。
妻の名は片平治美。現在五十五歳。
二人は子どもに恵まれず、子供が欲しいといつも思っていたらしい。二人は桜と遠藤を拾った時、泣いて喜び、今日まで本当の親の様に育ててくれたと聞いている。今、桜と遠藤が暮らしていられるのは毎月夫婦が仕送りをくれるからだ。
そんな事を思い出しながら、遠藤は一日の残りを過ごした。
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