(九)回想から、現実へ。

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向井は、尚人が、どうも乞食のことになると、何かを隠しているように見えてならなかったのだ。 「最後にもう一つ、桐生くんに確認しておきたいんだが、それはあの乞食のことなんだがね…」 尚人は、ぎくっとした。 「君に、バーコードリーダーをくれた乞食のことだけど、本当に、その老人とは、再会してないんだよね。似たような人物でもいい、少しでも彼の足取りがつかめるような手がかりを知っているなら、包み隠さず教えて欲しいんだよ。でないと、きっと後で、君が困ることになるからね」 向井がそういうのを聞いて、尚人は内心びくびくしていたが、そんな態度を悟られまいと、視線をそらして「何も知りません」とつぶやいた。   実際、あのゲーム式の就職試験を受けた際、乞食とよく似たじいさんを見たが、ソイツらは十二人もいた訳だし、僕には、もはや見分ける自信もないんだから、これでいい。 ヤツのことなんて、もうどうでもいい。 河原で出会った乞食のじいさんの面影は、僕の中ではすでに曖昧だ。 向井は、尚人のかたくな態度を見て、やはり妙だと感じていた。
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