近江春菜の日記

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あれは忘れもしない12月21日の事。 テーブルに置いてあった携帯から、着信を知らせるバイブが伝わってきた。 「ハルっ。聡が聡が」 明らかに狼狽した夏樹の声に自分も思わず動揺する。 「夏樹。落ち着いて。聡がどうした?」 この時落ち着きたかったのは間違いなく自分だった。 「聡が、消えたんだよ」 感情豊かな夏樹の声は今にも泣きそうである事を伝えて来る。 「消えた。消えた?」 大事な事だから二回聞いた。言葉の示す意味が複数考えられたからだった。 「アイツ、上から落ちてそしたら急に」 「夏樹、わかった。今行くから。どこにいる?」 自分が支離滅裂な事を口にしたのに気が付いたのか、夏樹の声はややトーンを落としてきた。 「あ。わりぃ。今街の廃ビルの屋上」 また絡まれたのか。 聡は昔からよく喧嘩に巻き込まれていた。 性分なのかそれとも運命なのか。 聡は街の中で様々な理由から喧騒を売られていた。 聡は売られた喧騒は必ず買うという信念があるらしく、その日もいつも通り喧騒を買ったのだろう。 「わかった。今行くから。あ、けど夏樹は大丈夫なの?」 「ああ。もう終わったからな」 どうやら決着は着いた後らしい。「そうなんだね。了解。待ってて」 「おう。なあ」 夏樹は躊躇い勝ちに言葉を切った。 「聡。大丈夫だよな?」 まだ現場も何も見てない自分に対し、大丈夫と言われても。 しかし言うべき言葉は考えるより先に出ていた。 「心配しないで。大丈夫。大丈夫だから」 そう言って電話を切り、必要な物を買い揃えて現場に向かった。
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