嵐の前の日常

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「まず、その子に初めて会ったのは、小学生三年生の夏だった。探検と称して入り込んだとうもろこし畑の中で、偶然出会ったんだ」 甘酸っぱい記憶を思い返しながら、それを形にするように言葉を紡ぐ。 まるで自分を待っていたかのように、緑色のとうもろこしの隙間から顔を出していた少女の姿を思い出せば、あのおぞましい物を見た後でも、胸が高鳴った。 「別に、どちらが言い出したとかじゃなかった。名前も名乗っていなかった。ただ、あの子が笑いながら俺を呼ぶように走り出したんだ。俺も、それに応えて走り出した。いわゆる、鬼ごっこだ。結局捕まえられず、悔しくて次の日も何気なくそこにいったらまた彼女がいて。そんな鬼ごっこを毎日続けていたんだ」 「へー、まるでおとぎ話だな。結局、捕まえられたのかよ」 木村の問いに、大石が首を振る。 「いや、最後まで捕まえられなかったよ。結局、あの子が引っ越しすることになって、それきりだ。電車に乗って去っていく彼女に、ずっと手を振ってたのを覚えてる。あの子も、見えなくなるまで手を振ってた。赤いリボンをたなびかせながら……」 胸が締め付けられるような感触が、大石を襲う。 懐かしい記憶は、確かな痛みを伴っていた。 「お、着いたぞ。あそこだ」 不意に放たれた木村の言葉に前方を見れば、白塗りされた立派な二階建ての一軒家。 表札には、確かに『荒井』と記されていた。
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