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ただ馬騰は、
「ああいうのになるほど、落ちぶれたくはないな」
と考えている。馬騰をよく知る人物には、いつも言っていることだった。
「ここは突破されるか……」
(ならば、正規兵を呼んでこれば良い)
と思った。そこでふと、なぜ今日は正規兵が殆どいなかったのかを思い出した。
今、この辺境の街には、刺史が来ているのである。賊の狙いはそれだと、馬騰は直感した。
ただの賊が、刺史を狙って街を襲うなどということは、前代未聞のことである。もしかしたら本当に、世に混乱をもたらすのではないか。馬騰の胸の高鳴りは、いよいよ大きくなっていく。
ここまで来て、馬騰は正規兵を呼びに行くのを止めた。
(どうせ門は抜かれるし、今から兵を呼びに行く時間は無い。それに、さっきみたいに笑われるのがオチだろう)
今度は、今来た方に向き直った。
(刺史が死ぬのは面白い。だが、ここで俺一人の力で止めてみよう。上手くいけば、俺の未来は明かるい。だが死ねば、そこまでだったと諦めよう)
馬騰は賭けた。自らの運命を。
腰から剣を、一気に引き抜く。
正面に構え、向こうで篝火に照らされる門を見た。黒い鋼鉄の門は、何人をも跳ね返す雰囲気を漂わせている。だが、それがこれから破られるのだ。
そしてついに、門が開いた。外の門番は、殺されたらしい。人の群れが、一気に流れ込んだ。
既に真夜中になっている。視界はひどく悪い。月星と篝火だけが光を放っている。
人も全くいない。遠くに野犬の遠吠えが聞こえる。
奇声、怒声。様々な音を轟かせながら、賊は、刺史を目指して――馬騰の待つ――路を進んだ。
眠っていた人々は跳ね起き、戸や窓を閉めた。とばっちり、はゴメンなのだ。
やがて賊が、路に仁王立ちする馬騰を見つけた。
馬騰の前に、三十人の賊が立ち止まる。
「見ろよ、死にたがりの兵士がいやがる」
人数的に不利な状況の中、剣を構えている馬騰を見て、賊は下卑な笑みを浮かべる。
次第に冷静になっていく中、馬騰はあることに気づいた。そして、驚いた。賊のほとんどが手にしている得物は、鎌や鍬といった農具なのだ。
目の前にいる男たちが農民だという仮説を立てた馬騰は、いよいよほくそ笑んだ。
「なに笑ってやがる」
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