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賊の足が止まる。味方の無残な死に様を見たからだ。その隙をついて馬騰は逃げた。もっとも、それは単なる逃走ではなく、刃がボロボロになった剣を取り替えるためである。
だが、そう簡単に見つかるはずもない。仕方なく倒した賊の持っていた鎌を拾った。
向かって来る賊の懐へ潜り込み、脇から胸にかけて斬った。
ある程度斬り合うと、鎌は使い物にならなくなる。また賊の得物を取り戦う。それを繰り返していたが、馬騰は後退していった。
馬騰は肩で息をしている。剣を捨ててから、八人斬った。既に十五人を倒している。腕が重く感じるようになっていた。
まだ半分――馬騰はうんざりして、賊を見た。疲れすぎて敵の顔がはっきり見えない。視界がぼやけている。
「くたばれ」
賊の一人が斬りかかってきた。
「なっ」
避けようとした。しかし、足が動かない。思っていたよりも、疲れていたらしい。
鍬が当たりかけたところで、横にあった篝火の柄で受け止めた。だが、敵は上から力を加え、馬騰を押しつぶそうとしてくる。
膝をついた。両手で燭台の柄を支えるが、次第に下がっていく。筋肉が痙攣し、手足が震える。
そこに他の賊も襲いかかった。鮮血が舞う。馬騰の血だ。二本の鎌が、馬騰の肩と脇腹に突き刺さっていた。
鋭い痛みと鈍い疲労感が、身体中を這いずり回る。手から、全身から力が抜ける。地に伏した。支えを失った刃は、馬騰の顔の横に落ちた。
体を動かそうにも、力が入らない。入れても、すぐに抜けてしまう。眼前では、賊が得物を振り上げている。
(あぁ、俺は死ぬのか。ここまでしか、運は味方してくれなかったらしい)
ゆっくり近づいてくる賊を見ながら、馬騰は心の中で呟く。
(口惜しいな。天下への歩みは、一歩を踏み出そうとしたところで潰えるわけか)
体を動かそうとする事も止め、諦めた馬騰。滲む世界の中、近づいてきていた賊が倒れるのを見た。胸に槍が刺さっている。赤黒くなっている。
「おい、お前。生きているか?」
上から声をかけられた。見れば、兵士が馬騰を見下ろしている。鎧を着ている。馬騰のものよりも、数段しっかりしたものだ。
(正規兵が来たのか……)
戦っているうちに、勅使のいる館の近くまで来ていたらしい。
返事の代わりに、馬騰は腕を挙げた。さっきまで重かった腕が、ひどく軽いものに感じた。
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