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「よし、少し待っていろ」
馬騰の反応を見て、男は頷くと、倒れている賊の胸から槍を引き抜いた。その尖端を、戸惑っている賊に向け、
「かかれ」
と声高に言った。
同時に、後方で控えていた兵士が走り出し、自身も賊の群れへと走り出した。
何回か金属同士がぶつかり合う音と、賊の悲鳴が聞こえる。
唐突に静寂が訪れる。
賊は討たれた。
さっきの男が近づいてきて、
「よくやった。お前のおかげで、役人が逃げる時間を稼げたし、俺たちの準備もできた」
という。
なんとなく馬騰は、この男も役人という奴らが嫌いなのだ、と感じた。
急に軽くなった腕を持ち上げて、目を隠すようにする。
頷くと、男は傷ついていない肩をポンと叩き、馬騰から離れ、部下に指示を出した。
馬騰のために、担架を持って来させるらしい。
少しばかり慌ただしくなってきた中で、馬騰は笑っていた。
声を出さず、口角を上げるだけの笑みだが、それでも笑っていた。
疲労感は感じなかった。ただ、高揚感だけが、馬騰の身体を支配している。
その顔は腕に隠れて見えないが、愉快げだ。
まるで、まだ運は俺の味方らしい、と語っているかのよう。
『今しかないぞ。この時を逃すな』
あの声だ。
また頭に響く。
任せておけ――馬騰は呟く。
周りの兵士が何かを言っている。担架が来たらしい。だが、馬騰は全く動こうとしない。聞こえていないのだ。
何度か肩を叩く。それでも馬騰は反応しない。
それだけ自分の世界に浸っている。
『大望を持つのだ』
あの声は、さらに言う。
「わかっているさ」
という。周りの兵士は、馬騰の呟きがわからないため、困惑している。
と、馬騰の腕がダランと落ちた。
馬騰の意識は、そこで途絶えたのだった。
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