第一章 姫は罪を糾弾せず

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「はぁ……はぁ……」  とある街の一角で荒い呼吸が聞こえる。  時刻は深夜二時――丑三つ刻。  世界の人間の大半が家の照明を消し、夢中を彷徨っているため、丘から見る街の姿は当然の如く暗くてよく見えない。まばらにだけ輝いている家の照明は星に似ており、夜空との境界線もはっきりしない状態だ。  そんな人でない何かが現れてもおかしくない街の中を、落ち着かない呼吸と共に歩いていく人影がある。 「……はぁ、はぁ。誰か……誰か、私に罪を……」  途切れ途切れに意味のわからない言葉を吐いているのは、闇をそのまま体現したかのような少女だった。夜の闇に融け込むような色の髪と、同様に黒いセーラー服。しかし月光に照らされた肌はそれとは対照的に白く、まるで露出した肌だけが闇に浮いているようにも見えた。  怪我をしているのだろうか、少女は腹を抱え、片足を引きずりながら街灯の少ない細い路地を壁伝いに歩いていく。 「どこか、近くに……大きな罪を持ったやつはいないの?」  やはり怪我を負っているらしく、少女の歩いた後には赤黒い血の点線が続いていた。抱える腹部から溢れる血液は、彼女が何者かと争ったということをあまりにもわかりやすく物語っている。  と、唐突に歩みをやめる少女。壁に体重を預け、黒い双眸で後方に注意を向ける彼女は、 「もう追いつかれる……こんな時間だし、出歩いてる奴すらいるかわからないけど、賭けてみるしかない、か」  そう呟くと、ゆっくり瞼を下ろし乱れた呼吸を安定させた。そして深く息を吸い込み、開眼。 「――剥奪(テイク)」  刹那、少女の足元の地面が青白く発光した。さらにそれから一切の間をおくことなく、今度は少女の足元を起点に地面に図形が出現する。月のように青白く輝くその図形は彼女を中心として展開する九重の円形。円を模る線一本一本には古代文字のような記号が書かれており、一番外の円は時計回り、その一つ内側は反時計回り、またその内側は時計回りという具合にその魔法陣のようなものは回転をしている。  心霊現象などよりも数倍は異様な、現実味のない光景だった。
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