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「お願い……誰か来て頂戴」
紡がれた声は焦燥故か震えていた。もうあとがないとでも言った様子で少女は助けを探す。目を凝らして暗闇を探索する。
しかしそんな少女の願いは、誰にも届かない。
「もう逃げられないぜ、罪姫(つみひめ)さんよー」
『罪姫』と呼ばれた少女の背中に刺さったのは、終焉を告げる冷ややかな男の声だった。
少女から全ての動作が消える。つー、と、彼女の頬を一筋の汗が流れ落ちた。旋回を続ける九重の円の中、少女は苦虫を噛み潰したかのような表情で振り返る。
男――そう断言するにはあまりにも外見的情報が少ない男がそこにはいた。顔には首から頭まで白包帯が巻かれており、収まり切っていない毛髪が所々から飛び出している。唯一顔の部位で見受けられるのは最低限の視界を確保するためであろう左目だけで、顔だけ見れば一目で性別を判断することはできない。身には足元まで体を包む灰色のローブを纏っており、やはりその出で立ちや風格は、少女と同じく一般的とは言えなかった。
「あんまり苦労させてくれんなよ。お前が大人しく死んでくれれば俺たちもこんな面倒なことせずに済むんだ」
後頭部をがしがし掻きながら、包帯男は言う。対して、少女は嘲笑気味に、
「あらそれは残念ね。私はまだ生きる。姫は愚民の頼みになんて応えないもの」
「ほーう。そこまでの傷を負っていても、口だけは達者だな」
包帯の奥で男は笑う。
「お前、自分の状況がわかっているんだろう? いくら罪姫と言えども周囲に罪を犯した人間がいないとその力も無意味だ。こんな時間に出歩いてる人間、それも犯罪者なんてそうはいないぜ」
己の劣勢――その核心をつかれ、少女は眉間に皺を寄せる。歯噛みする。
そんな彼女の僅かな表情の変化を、包帯男は見逃さない。
「今の顔、自分でもわかってるんだろ? もう逃げ場がねえことぐらい」
「ッ……それでも私は――」
「追い詰められた姫の意見なんざに、もはや意味はねえ。だから――」
叫びを遮られた少女は、男の含みある台詞から咄嗟に何かを悟り、そして息を飲んだ。
「黙って死ね」
瞬間。
ゴッ!! という重い爆発音と同時に、紅蓮の暴虐が路地一帯を飲み込んだ。
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