第一章 姫は罪を糾弾せず

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     ◆  月を浮かばせる空の下。家と家に挟まれた細い道を霜辺蟻也は力のない足取りで歩いていた。車一台通るのがやっとというぐらいの狭い道だが、付近が住宅街ということもあり街灯だけはしっかりと道を照らしてくれている。 「どうすればいいのかな……これから」  パーカーのフードを被り、さながら不審者のような格好で蟻也が外を出歩いている理由は簡単だった。頭を抱える蟻也の脳内では何度も同じ言葉が再生されている。  ――殺してしまった。  そう、彼は自分が殺人を犯したという事実を受け止めきれず現実逃避しているのだ。下手に外出することはまずいとも考えたが、かといって家にいれば母の死体と向き合わなければならない。殺しておいて無責任ではあるが今だけは現実を見たくない、そんな気分だったのだ。  念のため血のついた手を洗い、服を着替え、外見的証拠だけは隠してあるので見た目ではまず自分が殺人犯などということはわからないだろう。まあそもそもこんな夜中に高校生が街をふらついていること自体がおかしいのだが。  蟻也は口元の絆創膏を親指で触りつつ、 「……なんで、こんなことに」  今にも泣き出しそうな表情のままこうなった経緯を思い返そうとする。  思い出すまでもない記憶が頭中で流れる。そこに映ったのは平手やビール瓶で自分に乱暴をする母の姿。 「っ!?」  その時、唐突に凄まじい吐き気がこみ上げてきた。掘り返した記憶はすでに無意識の内に蟻也にとってのトラウマになっているらしく、思い出すことを体が拒んだのだ。極度の瞬間的ストレスで胃液をぶちまけそうになった蟻也は、口元に手をやってまるで喘息が発症したかのように何度も咳き込む。伴って身体の要所にもずきずきと鈍い痛みが走った。心臓の鼓動が早い。 「はぁっ……はぁ、はぁ」  乱れた呼吸を蟻也は無理矢理整え直す。  やっぱり思い出したくないものは無理して思い出すものではない。疲れるだけだ。終わったことはもうどうしようもない。それに考えるならば今後についての方が重要だろう。  身体の安定を取り戻したところで蟻也は今後どうするかを思案する。 「……自首、かぁー……」  選択肢として今後とる行動をいくつか考えてみた蟻也は、さっそくその内の一つについて熟考する。
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