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「……ったく」
面倒くさそうに溜息をはきながら頭をかく。
そうしてそこから立ち去ろうとする。
『あの姿』を使わなくてもよかった、というのは彼の自己満足だろう。
そういえば、あの剣を捨てた瞬間に、体の感覚が元に戻った。
左手を見てもう一度確かめる。先程のようには輝いておらず、ただ訳のわからない文字が刻まれているだけ。
これが新しい力なのだろうか。この世界での守るための力。
何を、守るのだろうか。
乾巧には夢が無かった。だが、あれを使うことによって誰かの夢を守ることが出来た。
この世界では何を守る事が出来るのだろうか。
「ちょっとあんた!」
「なんだよ」
ルイズが駆け寄ってくる。
「体はなんとも無いの?」
「別に。なんとも無い」
「……そんなことよりもあんた一体何者なの? 素手でメイジに勝つ平民なんて聞いた事無いわよ」
「……ただの元クリーニング屋だ」
そういうとどこかへと歩いていってしまう。
その後姿は何も聞くな、追いかけてくるなといっているかのようだった。
一体、何なのだろうか。
あの卓越した戦闘センスは。
ただの平民ではない。よくよく思えば、出会って間もないとは言え、ルイズは彼の事を名前以外何もよく知らない。
ただ、乾巧という平民の男、それだけだ。
ただやるせない無力感だけが、ルイズを襲う。
結局自分はゼロのままじゃないか。
「しかし、腹が減った」
一人歩きながら呟く。
朝は何も食べずに、しかも先程のあの激しい戦闘。
そろそろ彼の空腹も我慢できるレベルを通り越していた。
そこであたりに良い香りが漂っているのに気がつくと、それに引き寄せられるように歩いていく。
食事処か何かだと思い込み扉を開いてしまう。
そして、扉を開けた瞬間に自分はこの世界での通貨を所持していない事に気がついてしまうのであった。
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