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そういってシチューを口に運ぶ。
別にただ単に喧嘩を売られただけだ。
それにあのくらいの奴なら今まで何度も相手にしてきた。
むしろあいつなんかよりも、もっと強力な敵がいたのだから。
人を殺す灰色の化け物、そんな連中を相手にしていたのだ。
今更少々の手品を使う人間相手に遅れを取るわけが無い。
そのくらいの話だ。
それで英雄と呼ばれるなら、自分の友人は英雄ばかりということになる。
「がっはっは、きいたかい! 本当の強者ってのは常に偉ぶらないもんだ! いいねぇ気に入ったよ我らが剣」
「言ってて恥ずかしくならないのか、それは」
溜息をはきながら食べ物を口に運ぶ。
巧もそれなりに恥ずかしいことを口にしてきたのだが、このおっさんのように軽々しく口にしたことは無かったつもりだ。
旅をしていた理由も。化け物を殺すと決めたときの言葉も。
「そういえば、まだお名前を伺ってませんでしたね。私はシエスタと申します」
「乾巧だ」
「イヌイタクミさん、ですか。変わったお名前ですね」
「お前たちのほうが変わっているけどな」
ルイズにも同じことを言われたのを思い出して溜息を吐く。
日本人の名前はやはり此方では違和感があるのだろう。
「巧さんは一体何処であんな体術を学んだのですか?」
「まぁ、ちょっと、な。あんな子供だましの玩具なんかよりも、もっと恐ろしい化け物を相手にしていただけだ」
「もしかして、ドラゴンとかですか!」
「……確かに、そんな奴もいたな」
誰よりも早く、強く、又気の狂った化け物の事を思い出す。
触れたものを灰にする力を持った最凶の怪物。
「すごいです! まさかドラゴンを相手にしたことがあるなんて!」
勝手に話が盛り上がっていく彼女を横目に食事を終えると、巧は立ち上がって礼を言う。
「ありがとな。旨かったぜ」
そういうとそのまま立ち去ろうとする。
満腹になった以上、ここにいると余計な詮索をされる。
そうすれば結局あれのことについても話をしなくてはならない。
自分は本来死んでいたはずの人間だということも。
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