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待て。お手。腹筋して。
だけど彼女は今日、今までしたことのない命令を私に下した。
《最初で最後のGOサイン》
卒業。なんて、私たちが一番意識していた。
私のことが大好きなかなちゃんや、お調子者でしっかり者のみぃ、おばかだけど頑張り屋さんなくーみんとか。そんな1期のみんなより、ずっと。
だけど、実感は湧かなかった。
例え卒業するときは一人でも。私たちはまたすぐ、似たような人生の岐路に立つのだ、と。
そう簡単に思っていた。
「ま、そういうことだから」
「……え、…なに、いつもの冗談かなんか?」
「はぁー?んなわけないじゃん。ガチな卒業」
一気に悲しい顔になったのであろう私を見て、はーちゃんはケラケラと笑った。
選抜メンバーがみんな撮影の中で、私たちは必死にレッスンをして汗を流した帰り道のことだった。
いつもと同じ、私とはーちゃんと虚しい気持ちが、並んで歩いてた少し寒い夜。
「……じゃあ、誰がかなちゃんとか中西をいじりたおすん?」
「…さぁ?」
「誰が口うるさいみぃを黙らせるの、」
「陽がやれば?」
「……はーちゃんいなくなったら…、誰がレッスン帰りの私の側で笑ってくれるん…っ」
溢れ出たのは真っ白い吐息と、はーちゃんとのばかみたいに楽しかった思い出と、はーちゃんと離れたくないって気持ちばっかり。
情けなくて立ち止まれば、はーちゃんは数メートル先で振り返った。
涙でぼやけた彼女の顔は、いつもと変わらない童顔で。私たちのグループで、誰よりも大人みたいな顔をしてた。
「陽はよく私なんかと仲良くしてくれたよ!」
「…な、なに言っ、」
「ちゃんと躾もできたし。あれじゃん、待てとかお手とか、晴香の前で腹筋とかできんじゃん?」
右手で拭った涙は、買ったばかりの手袋に染みた。はーちゃんの白い肌が冬の空気に紅く染められていく。
そしてはーちゃんは、「ごー」と小さく呟いた。
「晴香がいなくなったら、他の人の命令なんて聞かないで。…だけど、」
(晴香がいなくなったら、今より自由な陽でいて。)
もう、なんだか、すごくすごく寂しくて。一生懸命首を左右に振れば、はーちゃんは呆れたように八重歯を見せた。
「陽…、GO」
もう一度、首を横に振った。
はーちゃんが、ちょっと泣いてた。
‐END‐
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