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「いやぁ、すっかり腰が良くなったよ!これでまた、いつもどおり仕事に復帰できそうだ」
「・・・良かった。くれぐれも再発させないように、小魚や牛乳をしっかり摂るんですよ」
「もちろんさ。まさか、骨が潰れてるとは思わなかったからねぇ。もう一度ああなるのはごめんだよ。ほれ、今回の報酬だ」
目の前の丸々と太った男は、悪びれた様子も無くこちらに札束を差し出した。
東海の大王の肖像が、その全てに描かれている。
「そんなにはいりませんよ。その半分ぐらいで構いません。・・・それより、何か重要な事を言い忘れてませんか?」
「いや、特に無いというか、これから言おうと思ってたんだが・・・あれか?次の診察があるとしたらいつか、あるいは他の患者や仕事の紹介だとか・・・」
「・・・そのどれでもなくて、挨拶ですよ。礼の一言ぐらいは言えるでしょう?」
「・・・あ、ああ、そうだったな。ありがとう」
「どうも。・・・次の診察は、恐らく無いでしょう。さっきも言ったように、骨の健康を意識した食生活を心がければ大丈夫でしょうから。仕事の紹介も必要ありません、先約がいるので」
「そうか、それは残念だなぁ。懇意にしようと思っていたのに」
「お気持ちだけで結構です。それじゃ、失礼」
何事も無いかのような表情で鞄に問診表を片付け、応接室の扉に手をかけた。
ちらりと後ろを振り向き、男に会釈する。
男は実に気持ちの悪い愛想笑いを振りまいていた。俺は、不快な気持ちが向こうにばれないよう、努めて静かに扉を閉めた。
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