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「どちらまで行かれますか?」
「アイマで下ろしてくれ」
「かしこまりました。・・・はい、こちらが切符です」
車掌からチケットを受け取って、俺は中東へ向かう蒸気バスへと乗り込んだ。煙を吐き出す巨大な箱のようなこの車は、西方諸国にはない先進文明の産物らしい。これまで、幾度となく俺はこの巨体に揺られ続けてきた。
「アイマへ行くんですね。お医者さんも、温泉に入りたいときがあるんですか」
車掌は、人懐っこい笑顔で問いかけてくる。何度も乗っているので顔見知りというわけだ。
「医者の不養生とか、そんな言葉もあるしな。最近色々疲れてるし、ちょっくら羽を休めたいんだ」
「あそこは東方一の温泉郷ですからね。私も一度行って、つるつるのお肌と、しなやかな髪を手に入れたいですね~」
なんとも女性らしい期待を膨らませる車掌。そんな彼女の夢を壊さぬよう、俺は言葉を選ぶ。
「温泉に入ったら、その後も毎日肌の手入れを欠かすんじゃねぇぞ。そうやって初めて効果が出るんだからな」
実のところ、温泉に一度入るだけで人の肌や代謝はどうにかなるものではない。そのあたりを勘違いしている奴はあまりにも多いが。
「相変わらず説教臭いですね、お医者さんは」
「仕事柄だ。じゃ、そろそろ座らせてくれ」
「はい、どうぞ。アイマまでごゆっくり」
やがてバスは、ゆっくりとシャンウェイを離れた。それからはいくつかの都市を通り過ぎ、やがて不毛の砂漠の中に細々と整備されている街道へと至った。
大量の煙を吐き出す上に轟音で走るので、決して乗り心地がいい訳ではない。それでも乗り慣れた体というのは便利なもので、夜が近くなると自然と眠気に襲われ、いつしか固い背もたれに身を任せて眠りに就けるのだった。
―だが、バスがシャンウェイを発って3日目の夜、予想もしない事態に直面する事になった。
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