ある医師のお話。

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―いきなり、ガクンと大きな振動が襲った。 どうやらバスが急停車したらしい。夢うつつになる間も無く、起きたその瞬間に騒然とするバスの乗客たちが目に入った。 「お医者さん!助けてくださいっ・・・!」 金切り声を上げて、車掌が俺のほうへ駆け寄ってきた。 「どうしたんだ、この夜更けに」 「地面に人が倒れてるんです!」 「何だと?・・・そいつ、どんな様子だ?」 「分かりません・・・でも、私と運転手がさすっても反応が無かったので、もしかしたら・・・」 俺はすぐさま座席にかけていた外套を羽織り、鞄を引っ張り出した。 「とにかく、すぐに案内しろ。  そんな状態で放っとくのは論外だからな」 動揺を隠せない車掌の後をついて、俺もバスを降りる。案内された場所に向かうと、そこには一組の男女が倒れていた。身なりからして探検家や冒険者の類だろう。とにかくまずは、傷がないかどうか全身を診て回る。 「こんな何もない所で倒れてるなんざ、普通は有り得ねぇ。外傷は・・・二人とも、特にねえな。だが・・・靴だけが血で濡れてる。マメが潰れたか、あかぎれって所か」 続いて、呼吸と脈を確かめてみる。「息も・・・あるっちゃある。脈・・・少し鈍いが、ちゃんとある。素直にバスに乗ればいいものを、無理して歩こうとしたんだろうな」 「ど・・・どうしますか?」 車掌は相変わらず動揺している。今までにこういう事態がなかったからなのかもしれないが、あまりにも頼りない。 「どうしますかじゃねぇ!すぐにバスに乗っけて、近くの街か村へ運べ。そっから先は俺が何とかする」 命に別状は無いとは言え、それは今の時点での事。意識が飛んでいるわけだから、対処が遅れれば最悪の事態も考えられる。多少の苛立ちも感じつつ、俺は車掌を一喝した。 それから、運転士にも手伝ってもらって三人がかりで倒れていた男女を車内に運び込んだ。幸いバスはアイマのやや近く、後50キロぐらいの所まで来ていたため、俺はこの二人をアイマで治療する事になった。休みを取るはずが結局仕事というオチになってしまったが、元々いつ仕事にありつけるかも分からない流れの医者という立場だから、そんなには気にならない。
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