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「じゃあね、また明後日来るわね。」
家庭教師の仮面を被った娼婦は、にっこり笑って帰った。
何はともあれ、学業を疎かにはできない。自力で勉強なら、誰にも邪魔されない。
常にサイレントモードの携帯が、グリーンに光っているのを知らずに、暫く没頭した。
「孝志くん♪」
「なんだよ。」
「昨日、電話したんだよ?」
「そうなんだ。」
他人事みたいに答えるクセは、身に染み付いている。今更どうなるものでもない。
「おじ様とお話ししたら?やっぱり参加させろって…。」
「なんで一々お前を通して俺に情報が来るんだよ?加奈子も突っぱねろよ、関係ないって。」
「出来ないよ…。おじ様もおば様も、孝志くんに引け目を感じているんだもん。緩衝材…」
「必要ない!言いたい事を他人に頼む親なら要らない。」
言い返すと、加奈子の小さな手が、俺の頬を叩いた。
「孝志くん!ちゃんと見てあげてよ。私の事は嫌いで良いよ。だけど両親なんでしょ?代わりはいないんだよ?」
「…。」
俺の為なんかで泣かなくていい。加奈子の大きな瞳に溜まった涙を拭いたくなる。こんなに薄汚れた俺に、そんな資格はない。
「もう一度、考え直して?」
不自然に微笑むと加奈子は走り去った。良心が傷むのは、加奈子にあんな顔をさせてしまったからだ。
本気で壊してしまえるなら、こんなに悩んだりしない。時折悪夢に見る、泣き叫んで拒否する加奈子を無理矢理…。
それを現実には出来ない。何処にも救いはない事を、誰よりも俺が知っている。
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